
ようこそ、もめんです
看護師なら誰もが忘れられない患者さんがいることでしょう。
私が忘れられないのは脊髄損傷の青年との出会い。
20年以上たった今でも、元気でいてくれたらなと心の隅で気になる存在です。
他人(ひと)の手と足と時間を借りて生きていくこと、それを支える看護師や介護士。
どう支えれば、明日も生きたいと希望が持てるお手伝いができるのか…
今日は一緒に考えてみてください。
脊髄損傷の青年との出会い
電動車いすを口と顎をつかって器用に動かす青年。
東(仮名)くんと出会ったのは、かれこれ20年前。
私が看護学生時代に働いていたリハビリテーション病院で出会いました。
口にスティック棒をくわえて、パソコンのキーボードをぽちりぽちり。
わたし達には気の遠くなるような作業です。
自分の過酷な運命をうけいれた東くん。
彼は20歳のときにオートバイ事故によって、脊髄に損傷を負いました。
一命はとりとめたものの、首から下を自分自身の意志でまったく動かすことができなくなったのです。
事故後、目を覚ますと様々な管やモニターにつながれベッドに横たわる自分。
首から下が全く動かない
手や足さえも動かすことができない
悲しい現実を突きつけられ、混乱。
これからの輝く未来が消え、一瞬にして暗い恐怖におおわれたに違いありません。
どれだけの絶望と悲しみと後悔…
私たちには想像できないほどの日々を乗り越えてきたことでしょう。
彼と出会ったのは、事故後の急性期を乗り越え、彼がリハビリに励んでいるときでした。
他人の手と足と時間を借りて生きていくということ
こんな体になっちゃったから毎日死のうと思っていた
だけど手も足も動かないから死ぬすべがなかったし…死ねなかった…
東くんは、少し苦笑いしながら話してくれました。
ベッドに寝かされていた時、頭がかゆくても、顔がかゆくても自分の指でかくことすらできなかった
じっと我慢するほかなかった…と
東くんの言葉は、看護師になろうとしている私には強い衝撃でした。
当時の私は看護学生として学校へ通いながら、リハビリテーション病院ではたらいていました。
看護師見習い兼、看護助手という役割です。
看護助手の仕事は、患者さんの生活をお手伝いし、支えるお仕事です。
食事介助、入浴介助、排せつ介助など、生活全般のお手伝いです。
ある朝、私は東くんの歯磨きを担当しました。
歯磨きをおえたとき
「ありがとう。気持ちよかった。今まで気持ちよく磨いてくれた人いなかったから…」
東くんは小声で言いました。
ありがとうの言葉はうれしかったけど、うれしさよりも悲しい気持ちが大きかったのを覚えています。
他人(ひと)が人の手や足になることは難しいことなんだ。
そして、他人(ひと)の手や足を借りないと何もできないことの、はがゆさや辛さを、東くんはひしひしと感じていることが伝わったからです。
買い物に行きたくても一人で行くことはできません。
病院の外へ出ることは、東くんにもスタッフにとっても大きな労力が必要でした。
本を読みたくても、本をセッティングしてもらわなければ、読むこともできません。
何をするにも、他人(ひと)の手と足と時間をいただかなくてはできないのです。
自分でできることはほとんどなくなってしまったのです。
食事も、排せつも、寝返りも何もかも、誰かのお世話にならないとできません。
そして行動範囲が狭まってしまったことも、20代の青年には辛いことだったと思います。
その後、リハビリ期間をおえた東くんは、障がいを持つ人がすごしやすいように造られた施設へ移っていきました。
あちらこちらの病院を転々としながら、自分の体と心に向き合い、懸命に生きようとしていた東くんの笑顔が、いつまでも目に焼きついています。
日々、穏やかに笑顔で暮らせる終の棲家をみつけることができたでしょうか。
2回ほど東くんから年賀状をいただきましたが、残念なことにその後音信不通になってしまいました。
脊髄損傷の青年:まとめ

今どうしているかな。
すっかりおじさんになってるだろうけど、元気にしてるかな…
生きていて楽しいと思えるような毎日をすごせていたらよいのですが…
明日も生きたいと思いながら眠りにつき、今日も生きたいと朝を迎えられる。
そんなふうに生きることへの希望を失わないでほしいと願わずにはいられません。
この記事を書いているときに、筋萎縮性側索硬化症の女性の安楽死のニュースが流れてきました。
自分がその女性の立場だったならどう考えるでしょうか。
女性が安楽死をえらんだ気持ちも理解できます。
他人(ひと)の手と足と時間をいただいて生きていくことは、たやすいことではないからです。
明日も生きたいと思えるようなお手伝いを、私たち医療者が考えていかなくてはいけません。
誰もが生きたいと思えるような世の中であってほしいですね。
最後まで読んでいただきましてありがとうございました。