
ようこそ“もめん”です。
看護師国家試験に合格して、やっと看護師としてのお仕事がはじまった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
看護師デビューですね。
お仕事中、なにもできなくて情けない思いをしたことはないですか?
新人のときは、だれもがにがく、悔しい、情けない思いをするもんなんですね。
“もめん”にも、何にもできない新人看護師時代がありました。
しかも、歳だけ重ねた45歳の新人看護師なんですから、輪をかけて情けない思いをしましたよ。(笑笑)
働き始めて、少しの間は苦しい時があるでしょう。
でも、やっぱり時が解決してくれます。
誠実に毎日をすごすほかないのです。
苦しかったこともいつか良い思い出になり、笑って話せる時がやって来ます。
苦しい時を乗り越えて、本当の看護師さんになっていただきたいとの思いで描きました。
今日のお話が、働きはじめた新人看護師さんに届きましたなら幸いです。
看護学校を卒業してもただの人
“もめん”は、45歳の時に看護師国家試験に合格し、念願だった看護師になりました。
うれしいことに開業医(クリニック)で勤務させていただくことになり、看護の道を歩みはじめました。
喜びもつかの間、現実はそう甘くはありません。
看護学校を卒業したばかりの“もめん”は、新人も新人、ど新人。
45歳だけど、新人です。(笑)
患者さんの前に立っているのは、ナースの制服を身にまとった、ただのおばさん。
ど新人のもめんは、看護師免許をもっていても、素人にほかならないただの人でした。
それなのに患者さんはみんな私のことをベテランさんだと勘違い。
そりゃそう思いますよね。45歳だもの。
10歳くらいはごまかせても、20代ピチピチには逆立ちしてもなれないもの…
患者さんの気持ちとのギャップに、患者さんと接することが怖くなっていきました。
採血できない。点滴ができない。針が血管にはいらない…
できないことばかり…
できないことが多すぎて、どんどん自信がなくなっていくし、自分が役立たずの価値のない人間のように感じていました。
歳下の若い看護師さんが、テキパキ仕事をこなしているのに、何にもできない自分が情けなくて…
私の他に、もう一人の新人さんがいました。同期の桜という関係です。
彼女は、おおきな総合病院を退職してクリニックに来た人でした。
だから新人といえども、“もめん”とは大違い。
なにかと彼女と比べてしまうから、益々、肩身の狭い思いは大きくなり、自分の力のなさを思い知らされるのでした。(あぁ~)
もう、わからないことだらけ…
看護学校で勉強した5年間はなんだったのだろうか…
こんな私が患者さんのためになるんだろうか…
この歳になって看護師になろうと考えたことは、無理があったのではないか…
私は、とんでもないことをやろうとしているのではないか…
と、心がかき乱される日々。
医療という世界に飛び込み、自分の置かれた立場の大きさに、押しつぶれそうになる心。
まるで心細さに揺れる小舟のよう。
揺れる揺れる、“もめん”の心。
情けなさが自信喪失につながり、声は小さくなってしまうし、笑顔もなくなります。
ほんと悪循環。
あーもっと若い時に、看護師をめざしておけばよかったと後悔しても時すでに遅し。過ぎた時間は戻らないですからね。
シューンと気持ちが落ち込む毎日。
自分の力の無さを嫌という程感じ、身の置き場がなく、どんどんちっぽけな人間になっていく気がして、気分が落ち込んでいきました。
負けちゃいそう…
でも…
5年も看護学校に通い、飛び込んだ世界なんですから、こんな始まったばかりのところでへこたれるわけにはいきません。
なんとか気持ちを奮い立たせなければ…と思うものの気持ちは堂々巡り。
いやいや…でも…だって…の堂々巡りを何度もくり返して、“もめん”は気づきました。
悪循環から抜け出し、自信をつけていく手立ては、他でもない自分自身の考え方にあるということを…
自分は何もできない人間だと割り切って、気持ちの切り替えができるかどうかなんでしょうね。
新人時代は、バカになり、バカを楽しむ。これだ。これにつきます。
“もめん”はバカになることにしたのです。
バカになって一から教えを乞う
バカと言うと語弊があるかもしれませんが、プライドは捨ててしまおうという考え方です。
どうあがいても新人は新人。
新人なんだから、ど新人であることを受け入れて学んでいこうと考えるようにしたのです。
看護学校を卒業してすぐに、職場でバリバリと一人前に働ける人はいません。
看護学校で学んだことはすべてではないのです。
就職してからが本当の看護師としてのスタートです。
そう、実際に看護師として働くようになってからが学びなんですね。
先輩に教えを乞う。
実践を積む以外、自分を成長させる手立てはありません。
みんな多くの失敗を経て、一人前になるのです。
怖がらず、逃げないで、指で、手で、眼で、耳で、こころで覚えていくものなんですね。
なんでも経験です。
血管と一口にいっても人それぞれさまざまな血管がありますよね。
張りがあり元気な血管、硬い血管、細く、もろい血管、蛇行してる血管、コロッと動いてしまう血管、深く沈む血管などなど。
血管と同じように、さまざまな場面を経験して初めて、自分の力として身につくと思っています。。
看護の世界は、経験がものをいう世界です。
経験なり技術というものは、一朝一夕に身につくものではありません。
長い年月をかけて、たくさんの場面を経て得られるものなんですね。
「がんばんなね」の声に支えられて
ここまで読まれた方のなかには、“もめん”さんって強いね…と思われた方がいるかもしれません。
いえいえ、全然強い人間ではなく、反対に“弱虫もめん”なんです。
ではなぜ20年間も看護師をしてこれたのかというと、それは、支えてくれる人たちがいたからです。
家族はもちろんですが、看護学校時代の友人、一緒に働いた仲間のみなさん他、大勢の人に支えていただきました。
看護師になりたての、頼りないど新人の“もめん”に、励ましの言葉をかけてくださったのは、お掃除のおばちゃんでした。
おばちゃんは、同じクリニックで、掃除や雑用のお仕事をされていた方です。
落ち込んでいるもめんのことが、ほっとけなかったのでしょうね。
どんだけありがたかったか…
「あんた、がんばんなね…」とそっと背中を押してくれる言葉にどれだけ救われたでしょう。
今にも崩れそうな気持を救ってくれたのは、お母さんのような優しい言葉でした。
まとめ:おばさんなのに新人看護師
折々に、多くの方に励ましていただいたおかげで、看護師を続けてこれたと思っています。
45歳のときに、ど新人看護師だった“もめん”は、65歳までの20年間を看護師として働くことができました。
あのど新人時代の苦い思いは、20年を経て、すっかりほろ苦い思い出に変わりました。
理想の看護師像にはほど遠いですが、精一杯の20年間をすごさせていただいたと思っています。
この20年間は、私の人生の中で貴重な時間でした。
その間に出会えたすべての患者さんと、すべての人々にあらためて感謝の気持ちを伝えたいと思います。
いのちの尊さ、はかなさはもちろんですが、ひととしての考え方を学ばせていただいたことを忘れることはできません。
そして、多くの人に支えていただいたことを忘れてはいけないと思っています。
最後に、看護師になることを認め、看護師として働くことをずっと応援してくれた家族に感謝して、今日のお話を終わろうと思います。
本日も最後までおつき合いくださいましてありがとうございました。
またのご来訪をお待ちしています。